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異常な白血病の発症、ドイツの子どもたち

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ドイツの原発と原子力研究所の周辺で、19件の小児白血病が報告されています。この驚くべき異常な数値に、関係者は因果関係を認めようとしません。日本で、そして福島では、大丈夫でしょうか。

 

ハンブルクの東、エルベ川流域にクリュンメル原子力発電所とGKSS原子力研究所があります。この周辺の、人口約1万2000人の地区では、1990年以来19件の小児白血病が報告されました。核戦争防止国際医師会議(IPPNW)の分析によると、一般的にこの規模の範囲での発症率は統計的に58年間に1人。ところが、この地区のテスペ村は5年間で6人が発病し、ほぼ70倍という異常な数値なのです。

 

状況証拠は、はっきりと原子力研究所の事故との因果関係を示唆しています。1986年9月12日、研究所に火災が発生し「現実とは思えない黄、青、緑」の光の柱を見たと証言する複数の目撃者がいます。しかし、関係者はこれを否定し、地元消防署の出動記録は1991年の火災で消滅し、同施設の火災は証明できません。

 

後の調査で、付近に黒い球状の放射性物質が見つかりました。これは核のさまざまな用途に使える物質であることが分っています。例えば、原子爆弾も作れます。ドイツは『核拡散防止条約』に非核兵器国として加盟しており、このような物質がこの原子力研究所から出るということは、立場上絶対にあってはならないことです。この物質の調査は、ドイツ国内のあらゆる研究所が拒み、結局、ベラルーシで行なわれたのです。

 

テスペ村に住むニコル・Jさんは、1991年、乳児期に白血病を発病しました。すでに成人した彼女は、涙ながらに病気への不安を訴えます。ドイツにはエルベ川流域以外にも、58の小児白血病の集積発生地区が点在すると言われますが、その原因・所在は明らかにされていません。

 

福島と周辺の子どもたちが、大丈夫だと私には思えません。

 

 

13026号

 

 

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< 解説① >

事故後の『黒い球状の物質』の正体を追及する


2004年11月、ニーダーザクセン州とシュレースヴィッヒ・ホルシュタイン州は公式調査をおこない、この地域に白血病が多いことと、原子力発電所・原子力研究所の因果関係はないと公式発表しています。

  
同年12月、これに大きな疑問をもった、エルベ川流域反白血病市民団体は、周辺で発見された『黒い球状の物質』の分析を核戦争防止国際医師会議に独自に依頼します。ところが2日後、「この物質を関わるわけにはいかない」という理由で、分析は断られてしまいました。分析を拒否する理由を聞くと「もし、この物質を取り扱えば、連邦刑事局(アメリカのFBIのような機関)に報告し、分析は連邦刑事局が依頼した機関がすることになっている」という回答が返ってきました。その後も、国内外合わせて17の研究所に分析依頼を出しますが、どこも引き受けてはくれませんでした。

  
そこで、土壌サンプルの採取場所を伏せたまま、ベラルーシのミンスク・ハサロフ国際環境大学のヴラティスラヴ・ミロノフ教授が分析を引き受けることとなりました。ミロノフ教授は、この物質が明らかに人工的に作られたものであり、チェルノブイリ事故由来でも、かつての核実験由来でもない、別の理由で外界へ出てきたものであることを証明しました。

 
ミンスクの分析結果を、今度はドイツの研究者たちに、土壌サンプルの採取場所を知らせぬまま見せて意見を聞くと「このような放射性物質は、原子炉か再処理工場のようなところにしか存在しない。こんなにも高濃度なトリウムやプルトニウムがドイツ国内で検出されるとは驚きである。」と述べたそうです。原子爆弾でもつくれるのです。この研究者たちに、エルベ川流域で採取されたサンプルであることを明かすと、すべての研究者が、匿名を希望したそうです。

 
原発と白血病の因果関係(ドイツのテレビ番組)1/3
http://www.youtube.com/watch?v=K3VFzSLFpwg

原発と白血病の因果関係(ドイツのテレビ番組)2/3
http://www.youtube.com/watch?v=yWcOrnLCRMc

原発と白血病の因果関係(ドイツのテレビ番組)3/3
http://www.youtube.com/watch?v=ttUfQ-426R8

 

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< 解説②> 

公的機関の信憑性、そして、これを否定する恐ろしい独自の報告結


ドイツ小児癌登録機関は、全ドイツ(1991年から旧東ドイツも含める)における15歳未満(2009年から18歳未満)の癌患者の記録をとり、1980年から2010年までに、4万8千397名が登録され、その研究報告は国内外から高く評価されています。ところが、1997年、この機関から提出された研究で、小児癌と原子力発電所・核施設との因果関係は確認できず、発症率も立地地区と他の地域で大差ないと報告されました。

 
これを疑問に感じたミュンヘンの物理学者アルフレード・ケルプライン博士は、過去の情報提供をもとめ、再分析しました。その結果、その分析の計算の仕方に大きなミスがあることを見つけたのです。そして、原発から0~5キロ地点に住む15歳未満の小児癌の発症率22%、沸騰水型原子炉の場合だと40%、原発0~5キロ地点の5歳未満の子供の発症率54%、沸騰水型原子炉の場合70%となり、0~5キロ地点の5歳未満の子供の白血病に限って分析すると、通常の76%を上回る発症率であるという恐ろしい結果が報告されたのです。

 
今回、ドイツ国内に点在する他の白血病の集積発生地区の情報も探しましたが、どこにあるのか、調べても、調べても、情報は得られませんでした。ドイツ国営放送NDRのジャーナリストが同じように、ドイツ小児癌登録機関に何度も問い合わせ、直接インタヴューにも赴いていました。ところが、ドイツ小児癌登録機関は一切情報を提供せず、インタヴューも途中で打ち切りとなったようです

 
こうした中、私が一件だけ見つけることができたケースが、同じエルベ川の河口付近にあるヴェーヴェレスフレートという村の研究発表でした。ヴェーヴェレスフレートはブロークドルフ原発の東(風下)へ5キロほどのところにある村です。2009年11月、リューベック大学癌疫学研究センターの発表で、1998年から2007年までに報告された癌患者の数が、統計から割り出した予想の52%を上回ることが報告されていました。ヴェーヴェレスフレートに住むインゴ・カーステンゼンさんは、彼の家から見えるご近所全ての家に、癌患者がでたと話します。「始めの頃、患者たちは、なぜ私が?と思ったものだが、今では、なぜ私たち(この村ばかり)が?となってきた」と語っています。

 
ドイツ政府は、確かに脱原発を決意しました。北ドイツでは、すでにシュターデと、ブリュンスビュッテル原発が即刻停止しています。しかし、未だに9つの原子力発電所が稼動しており、子どもたちの健康は、脅かされ続けているのです。

 
物理学者アルフレード・ケルプライン博士の報告
http://www.alfred-koerblein.de/cancer/deutsch/imsd1997.htm
http://www.alfred-koerblein.de/cancer/downloads/MGS1999.pdf

ブロークドルフ在住カーステン・ヒンリヒゼンさんのブログより
http://www.brokdorf-akut.de/haeufungen.html

ドイツ・シュピーゲル誌より
http://www.spiegel.de/spiegel/print/d-83865236.html

2009年11月リューベック大学癌疫学研究センターの報告
http://www.krebsregister-sh.de/berichte/Bericht%20Wewelsfleth.pdf

 

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原子炉が、ガラスとなる日はいつか

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原子力発電所で核分裂を起こす『原子炉』(圧力容器)は鋼鉄なので、頑丈というイメージですが、かなり違うようです。

 

金属が衝撃に耐える能力は、硬さではなく、実はやわらかさです。粘りがあると簡単に破壊されません。この『延性』(えんせい)が決め手となります。ところが、温度が低くなると、この延性が失われて、破壊されます。この境界の温度をDBTT(脆性遷移温度)といいます。

 

さて、原子炉では、特別なことが起きています。それは核分裂から飛び出してきた中性子が鋼鉄にどんどんぶつかり、その延性を奪っているのです。結果、DBTTが上がり、高温でしか衝撃に耐えられなくなります。こうなった原子炉に事故が起きると、約300℃で運転していた炉に緊急注水しても、冷却できる前に破損します。

 

写真のガラスコップは、コップをお湯の中でゆで、そこに冷水を注いでヒビが入ったものです。これを脆性(ぜいせい)破壊といいます。佐賀県の玄海原子力発電所一号機の原子炉は、中性子による影響で、DBTTがすでに98℃ではないかという『重大な疑念』があります。京都大学原子炉実験所の小出裕章助教は「こういう温度では、もう、いわゆる皆さんが思っている鋼鉄ではなく、ガラスなのです」と警告しています。常温で叩くと、破損するイメージです。

 

この原子炉のDBTTは、建設時はマイナス16℃でしたが、運転1年目で原子炉の中にある試験片は35℃に上がりました。1993年、中性子の影響を予測する『脆化予測式』によって計算すると、建設から34年後の2009年には78℃になるはずでした。ところが試験片を取り出すと、20℃も高い98℃まで上がっていたのです。つまり、この予測式は有効ではなく、結果は「想定外」だったのです。

  

「ガラスの原子炉」、言葉にすると嘘のように聞こえます。中核部分の原子炉はきわめて高い安全性をうたっています。しかし、この中核部分ですら予測式が当てにならない。原子力発電の「安全」とは、いったい何なのでしょうか。

 

 

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< 解説① >

 

九州電力の主張と論理破綻

 2009年に圧力容器にある4つ目の試験片を取り出したら、そのDBTTは98℃でした。この時点で、当時の原子力安全・保安院(現在は原子力規制委員会に移行)と研究者は大きなショックを受けました。1993年に脆化予測モデルによって計算されていた数値と20℃もかけ離れていたからです。

 

この原子炉は定期点検を終えた後、2010年11月2日から通常運転に入っています。しかし、九州電力はそのままでは稼働の正当性を説明できなくなるので、新たなる見識を組み立てて保安院に提出します。当初、全員がこれを受け入れようとしましたが、後で紹介する東京大学名誉教授 井野博満氏の反対で継続審議となりました。2012年5月のことです。この時、すでに福島の事故を受けて全ての原子力発電所は運転停止に入っていましたが、福島がなければ稼働していたでしょう。

 

この九電の主張を、簡単にすると

① まず、すでに予測値がずれたモデルをそのまま正しいとして、98℃になるのは2060年だとします

② その差分を、炉心からの原子炉(圧力容器)と試験片の距離の違いだと決めつけます

 

この論理が極めて幼稚なことなのは

① もともと、試験片を貼り付けた時に、距離の問題は議論されていません

 

② すでに1回目から3回目は、予測モデルの中に収まっており、この段階ではモデルは正しいと考えられていました。仮に距離が問題ならば、この時点でも数値のズレは生じます

 

③ 数値がずれたモデルを正しいとして、2060年時点を基点として帰納法的な議論をしていますが、この場合、2060年、つまり建設から85年後の原子炉の実測値がなければ、帰納法は成立しません。鶏と卵の議論になっています。

 

安全管理上、もっとも重要な原子炉の物理学計算は、今も議論されています。この正式な用語「照射予測式」を原子力規制委員会のサイトで検索すると786件ヒットします。議論はするけど運転もするのでしょうか。

 

http://www.kyuden.co.jp/library/pdf/nuclear/nuclear_irradiation110708.pdf

 


 

 

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< 解説② >

 

『原子炉構造材の監視方法』の有効性に関わる、重大問題

 日本電気協会規格では、原子炉の安全を担保するため「原子炉構造材の監視試験方法」(JEAC4201-2007)を設けています。佐賀県の玄海原子力発電所一号機の原子炉は、これを根底から揺らがせる重大問題なのです。

 

この問題をきわめて重視している、東京大学名誉教授 井野博満工学博士(専門は金属材料学)は、現在原子力規制委員会のメンバーです。氏は「原子炉圧力容器の安全性を担保するのが予測式。それが合わないとなると非常に危ない」と指摘され、2012年5月31日に原子力規制委員会で、文章による論争をしています。

 

http://www.nsr.go.jp/archive/nisa/shingikai/800/30/016/16-12.pdf

 

 

【井野博満・東大名誉教授(金属材料学)】 

 精度が上がった最新の予測式で脆性遷移温度6 件を推定すれば70度程度になるはずで、実測値は全く異なる。想定以上の劣化と考えるのが自然だ。衝撃試験で試験片がどのように壊れたのかなどの検査結果公表が不可欠だ。

 圧力容器の材質にばらつきがあり、一部が想定外にもろくなっている可能性もある。事故などで緊急冷却装置が作動して一気に水が注入された場合、運が悪ければ温度差による応力に耐えきれず破損する。原発管理を運に任せることは許されず、98度を容器本体の数値と見て対策を考えるべき。

 

 

■2012年8月9日(木) テレビ朝日 モーニングバード 小出裕章氏

「規制委員の一人に東大名誉教授の井野博満さんがいらっしゃいます。彼も原子力ムラからは離れた立場でずっとまぁ原子力の危険性というものを指摘し続けてきてくれた人ですから、彼のような人が原子力規制委員になってくれるというのであれば、私は歓迎したいと思います。」(小出先生)

 

 

 

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『ブロークドルフ』 ドイツ反核運動の象徴

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ドイツ北部、エルベ川の美しい風景がつづく小さな村に、白い巨大建造物が異様な光景として目に入ってきます。ドイツ反核運動のシンボルとも言われる、ブロークドルフ原子力発電所です。

 

ここでは1976年の建設開始以来、激しい抗議が繰り広げられ、建設中止と再開を繰り返しました。1986年のチェルノブイリ原発事故の後、世界で最初に営業運転をした原発でもあります。

 

長い論争と闘争のすえ2000年、中道左派連立与党が脱原子力法案を可決したものの、2010年秋、現メルケル政権が、稼動期間延期政策を強行しました。そこに、3.11福島原発の事故。同14日にドイツ全原発の点検指示がされました。

 

そして、25万人同時多発デモ、2度にわたる州選挙での現連立与党政党の敗北など、国民・世論の強い反原子力のうねりが、6月の、新たな脱原子力政策を成立させたと言って過言ではありません。

 

こうしてようやく2022年までに脱原子力になりましたが、最終処理場の問題が解決していませんし、いまだ原発も止ってはいません。そして、ブロークドルフ原子力発電所は2021年12月まで稼動する予定です。

 

37年間、抗議活動を続けてきた地元乳牛農家のレナーテさん、ウーべさんご夫妻は、「私たちは、いたって保守的な人間で、普通の平穏な日々を過ごしていました。あの時までは...」と、原発建設が始まった当時のことをふり返り、今でも、一刻も早い停止・廃炉を訴えて続けています。ドイツの闘いも、終わっていないのです。

 

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解説

気を許せない、ドイツの脱原発

 

日本は原発がなくても電気が足りることはよく知られています。しかし、ドイツは原発がないと電力が不足します。この不足分を補うために再生可能エネルギーへのシフトが、脱原発の鍵を握ります。

 

再生可能エネルギーは、この10年間増設し、ピーク時をまかなう電力kw(発電施設の最大出力)は、すでに全体の40%程度となり、原発を7%程度に押し下げています。

 

しかし、自然の影響を受けやすい再生可能エネルギーは、年間を通じた電力量kwh(発電施設から生まれた一定期間の量)は20%程度しか供給できず、原発が全体の20%弱を支える存在になっています。

 

この電力量の十分な供給課題を乗り越えることが、ドイツ脱原発の道なのです。現在、再生可能エネルギーへの国民の関心は高いのですが、電力料金の高騰を招いていることも事実です。そして、散在する太陽光、風力の電力を全国に送る送電網の施設も不足しています。ドイツ脱原発の闘いは、けっして気を許せないのです。このお話は、いずれあらためてします。

 

 

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ドキュメンタリー映画 『Das Ding am Deich』堤防に建つもの

(製作開始2010年1月、製作終了・2012年1月、公開・2012年8月)

 

1970年代初期、エルベ川沿いの小さな村の住民たちによって、原子力発電所建設プランが滞ることになります。それは、13年にも渡る、国全体を巻き込んだ、息も詰まるような大規模な抗議へと成長していきました。しかし、1986年、この原発は、チェルノブイリ原発事故後間もなく、営業運転を開始することとなります。

 

その後、村は静けさを取り戻し、ごく僅かな村の住民たちによってのみ、抗議活動は続けられました。彼らと、彼らの原発とともに暮らす日常に興味を抱いた監督は、この僻地にカメラを持ち込みます。一年をかけて、原発周辺で、当時の抗議活動の思い出や過去の映像を集める中で、誰も予想だにしなかった原発稼動期間延期政策が強行され、それから間もなく、日本の大地が動いたのでした。

 

<映画より、抗議活動を続ける住民の証言>

「もちろん事故が起こる可能性はあります。人間が作ったもので、壊れないものが、どこにありますか?

この場所を離れなければならないなんてことを想像するのは、本当に恐ろしいことです。でも、みんなそんな事は、知りたがりません。私ですら、以前のようではなくなっています。いつも自分用のヨード剤を冷蔵庫に入れてはいますが、以前は緊急用にいろいろ準備していました。あの頃は、私にとっては一番大事な猫を籠にいれること、雨ガッパとガイガーカウンターもいつも傍にありましたし、風の向きを確認し、どの方向に車で逃げるべきか判断できるように、いつも備えていました。

それが今では、そこまでの準備はできていません。人間という生き物は、何年もの間、そのような恐怖にさらされることを好まず、少しずつ、感覚が鈍るもののようです。」(カーステン・ヒンリヒセン、ブロークドルフ在住の気象学者)

 

「これは、ロシアン・ルーレットですよ。確率の問題ですからね。我々は、自分の頭を撃ちぬくまで、ロシアン・ルーレットを続けるのです。」(ヘルムート・ホイザー、ブロークドルフ在住の飛行機製造技師)

 

映画資料:

http://www.im-film.de/uploads/pics/DDAD3_Nachbereitungfinal.pdf

 

 

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 禁じられた大規模デモが、もたらしたもの

 

1981年2月28日にブロークドルフで起こった抗議デモは、ドイツの反核運動の歴史を塗りかえるものとなりました。

 

この小さな村に全国から10万人が集結し、警察官は例に見ない1万人が動員され、催涙ガス、放水車、金属性の棒などがもちいられた攻防により、抗議側・警察側合わせて数百人のけが人が出たうえ、逮捕者240人という、西ドイツ最大の反核デモとなったのです。

 

1986年に営業運転が始まったものの、大規模なデモや住民たちの抵抗に、意味がなかったわけではありません。ブロークドルフ原発は、建設予定から営業運転にまで、最も時間を要した原発です。

 

また、事前に行政から一方的に禁止令が出ていた1981年2月28日の大規模な抗議デモについても、その後社会問題に発展し、事前に届出をし、許可をとった非暴力な集会を行う権利が法令で認められるまでに至りました。("Das Versammlungsgesetzt")

  

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写真のソース:

http://www.aref.de/kalenderblatt/2011/09_kkw-brokdorf_demonstration_1981.php

 

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レントゲン室とおなじ、生活空間

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3.11大地震と津波は、あの過酷な原発事故をまねき、私たちは放射能飛散をとても心配しました。実際のところ、どれほどの量が降り注いだのでしょうか。文部科学省が報告しています。

 

 放射能を身近に感じるのは、病院です。X線撮影やCT撮影する場所を『放射線管理区域』といいます。4万ベクレル/m²を超える可能性があり、一般の人は立ち入りを制限されている空間です。1ベクレルは、1秒間に1個の放射性核種が1回崩壊して放射線をだすことで、ここでは、1平米あたり1秒間に4万個の放射線が飛ぶことになります。

 

 文部科学省の1024件の調査では、福島県の60%以上、栃木県、千葉県も50%以上が、このエリアの値を超えます。特に汚染のひどい双葉郡では、放射線管理区域の60倍から165倍という高い数値がでています。ここでは、昨年3、6、9、12月のデータ発表があり、現在でも放射能に減少傾向は見られません(Web資料)。

 

 東日本大震災は、多くの命と、かけがえのないふるさとを、奪い去りました。復興庁の報告では、避難者として登録されている方は、31万人6千人にもなります。

 

 時の流れは、そのことすら私たちの意識から消し去ろうとします。しかし、原発事故によって、レントゲン室の値を、はるかに超える放射線空間が、あの広大な東日本に、こつ然と現れたのです。

 

 あの美しいふるさとをとりもどすのに、

どれほどの、時の流れが必要なのでしょうか。

 

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出典:ガンマ線放出核種(セシウム134、137、銀110m)の核種分析結果(第2次分布状況調査)
(平成24年3月1日時点)

●集計は、セシウム134と137を合算しました。

http://radioactivity.mext.go.jp/ja/contents/7000/6212/view.html

 

   

 
 

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出典:土壌モニタリングの測定結果(平成24年1月1日~平成25年2月13日までの測定結果)』

 ここでは、福島県双葉郡の4箇所で、1年にわたり4回(3月、6月、9月、12月)測定した結果が報告されています。セシウム134と137は依然として高いです。時系列の値は、不規則な動きです。サンプリングの状況もあるでしょうが、グラフで見る限り、「減少している」とは言えません。

 

 掲載ページ:http://radioactivity.mext.go.jp/ja/new/list-1.html

掲載資料:http://radioactivity.mext.go.jp/ja/contents/6000/5622/24/116_0213.pdf

 

 

★小出裕章氏の「放射線管理区域」と福島事故の見識

「日本の法令に照らす限りは、すでに福島県全域に匹敵する面積、あるいはもっと、という広大な場所が放射線の管理区域に指定しなければいけないほど汚れてしまっているのです。その事実を目の前にして、日本の国は、自分が決めた法令を反故(ほご)にしてしまって、一般の人たちが、放射線管理区域と呼ばなければいけない場所に住めと、言い出したんです」(お話から抜粋)

http://d.hatena.ne.jp/rakkochan+jikopr/20120422/p1

 

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