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やわらかな化石

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花々の息 微生物の息 火の山の息
あらゆる 息が まじる風

 

詩人は つぶやく
「いきものとは 息をするもの、風をおこすものだ」

 

太古からの この星のいとなみが
風には すべて刻まれる

 

詩人は つぶやく
「風こそは 信じがたいほど やわらかな、真の化石なのだ」

 

あの日から この空 には 命を さいなむ 風が吹く
大地の火も また この星を さまよう 嘆きのうた

 

まだ見ぬ あなたと わたしの
ここから はじまる ちいさな風が

 

はるか未来の 子どもたちの
ほおを撫でる やさしい春風に なるように

 

風を聴こう 祈りに満ちた 星の記憶を
怒りを しずめよう 生まれくる命の ために

 

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命と自然の関係に思いを馳せてみましょう

縄文時代より日本人は万物に霊性あり、と信じて生きてきました。命はけっしてひとつだけでは成り立たず、絡みあう見えない綾のようなものの中で生かされています。

 

命をいただく... 食前に手を合わせて感謝する心とは、食べるという見える行為を通して、見えないものへの感謝を常に心にとどめて生きよということなのでしょう。感謝の心、清浄で美しい大地と海と大気、そして命そのものを、あの日以来放射性降下物が途方もなく降り注ぐこの国で、次世代にどうしたら伝えていけるでしょうか。

 

何が本当かわからない、さまざまな情報があふれながら真実は隠されるという時代は、今に始まったことではないのかもしれません。そんな中で大切なのは、本当のことを知りたい、と一人ひとりが思い、知る努力をし、考えつづけること。多勢を占める意見だけを鵜呑みにしないで自分で探してみること。旅をして人とであうこと。

 

一人ひとりがさまざまな試みをすることも、生きものとしての自分と向き合うことなのかもしれません。

 

作ってしまった日本中の原発をどうやってなくしていくか、それを考えることは、未だ収束には遠い福島の状況と、被害の正確な情報を国民が共有していくことと共にとても大切です。

 

そうして私たちが生きた時間の証が、すべて、子どもたちの生きる大気そのものとなるのですから。

 

                                                            村上ゆい

  

●〈作品内の「詩人のつぶやき」は谷川雁『ものがたり交響』からの引用です〉

 

すべての物資は化石であり、その昔は一度きりの昔ではない。いきものとは息をつくるもの、風をつくるものだ。太古からいきもののつくった風をすべて集めている図書館が、地球をとりまく大気だ。風がすっぽり体をつつむ時、それは古い物語が吹いてきたのだと思えばいい。風こそは信じがたいほどやわらかな、真の化石なのだ。(一部、抜粋)

 

 

写真:地球写真家・石井友規 http://yukiphoto.net/index.html

  

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