7、8号機は4月建設予定だった

Clip to Evernote

私たちの土地でつくった電気は私たちが使うのではなく、東京を支えているんだ、という誇りを持っていました。それなのに東京電力と政府が非道なことをわれわれに押し付けていることに怒りを感じますが、東京都民に対して、どうしてほしいということはないです。

 

昭和21年、僕は双葉に生まれました。戦争が終わって食べ物もなく、着物から洋服に変わる頃、少年時代だったのです。小学校に入るときは、ボール紙でできたランドセルを使っていました。魚釣りが大好きでした。エサがある分だけ暗くなるまでやっていました。イシモチ、アイナメ、クロダイなどを釣っていました。放課後、先生と一緒に毎日のようにやっていました。

 

自然が豊かなのはけっして誇りではなかった。こんな不便なところ、という頭がありました。双葉町は福島のチベットといわれて、漁業もできないので男は出稼ぎ、残った家族が田んぼや畑をやるという、貧しいところでした。中学校1年の頃、原発の話が出てきました。広島のことがあるので放射能はいやだなあ、と思っていました。1号機が稼働したのは1971年で、私はちょうど東京に出て仕事をはじめ、1977年に戻りました。ですから双葉の最盛期の頃を知らないのです。

 

町長になろうと思ったのは、町が破綻しそうだったからです。交付金はなくなる、固定資産税は減る、やりかけの事業があり、固定費もある。90億円弱の借金があり、当時市中金利が2%程度ですが、国が決めた金利は7%くらいありました。当選して、節約をしましたが、それでもどうしょうもなく7号機と8号機の誘致をしたのです。初期対策交付金で約40億円を手にしましたが、使途は財政再建のために限定した用途にあてました。

 

原発はとにかく安全だ、大丈夫ですと東電は繰り返しました。

  

7、8号機の着工が2011年4月の予定だった。

しかし、事故は3月に起こったのです。

 

 

井戸川②.jpg

 

 

 

< 解説 >

 電力に関する法律の総称を【電源三法】と言います

1.電源開発促進税法

2.特別会計に関する法律

3.発電用施設周辺地域整備法

 

これらの法律は、原子力、水力、火力の電源開発が行われる地域に対して交付金が配布されることにより、電源施設の開発を促進させ、運転を促すことを目的としています。実際は、1973年のオイルショックから火力以外の電源確保、つまり原発推進狙ったのがこの法律でした。

  

原子力発電所の建設に対しては、放射能への危機感から立地地域で反対運動が当然起こります。立地市町村や隣接自自治体に対してお金のメリットを提示するのが、この法律に基づく「電源三法交付金」です。

  

平成12年度の一般財団法人電源地域振興センターの「電源三法活用事例集」から、交付金の具体的な流れを見ることができます。

http://www2.dengen.or.jp/html/leaf/sanpo/sanpo.html

  

また、下記の図は135万キロワットの原発1基を建設した場合に、当該県、周辺市町村へ配布される交付金と固定資産税の総額です(資源エネルギー庁:「電源立地制度の概要」参照)。準備・建設期間10年、通常運転30年、延長運転10年の通算50年間を試算しています。

http://www.enecho.meti.go.jp/topics/pamphlet/dengen.pdf

  
 

福島県における電源立地地域対策交付金等に関する資料

http://wwwcms.pref.fukushima.jp/download/1/h24dengen_kouhukinshiryo.pdf

 

 

交付金など④.jpg

 

 

交付金など②.jpg

 

 

 

END6.jpg

Clip to Evernote