子どもたちに、責任を取らせてはいけない

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確かに多くの日本人は国家・電力会社・巨大産業・マスコミが一体となった安全宣伝の前に「だまされた」のだと思います。でも、「だまされた」から無罪だとは思えません。だまされたのなら、だまされた責任をとるべきだ、と私は思います。

  

日本人の大人は、すべからく責任がある。だから、大人は被ばくをあきらめてくれ、と私は思っている。でも、子どもには責任はない。子どもたちに責任を取らせる、押しつけるということは、けっしてしてはいけないことだと思います。そして、さらに悪いことには、私のように60歳を超えた人間は、子どもに比べたら(放射能感受性が)何百倍も鈍感です。赤ん坊にくらべれば千倍と言ってもいいかもしれない。

  

推進派の言い分は、これまでは平常時だったが、今は緊急時だからこれまでの法律は適用しなくてもいい、という言い分です。でも、それならば緊急時にした責任をまずとってくれ、と思うわけです。「事故は起きない」と言ってきた彼らが間違いで、事故で膨大な放射能を撒き散らした。彼ら自身が決めた法律を守れなくしたわけですから、まずはその責任をきちんと取ってから次のことを言え、と私は思います。

  

怒りを、本当に感じます。まずは、これまで日本の国家をいいように動かしてきた人達が、自分たちのやってきたことの間違いの責任を明らかにして、個人責任を含めて、その責任をとる。そのうえで、大変申し訳ないけれども緊急時になってしまった、大変申し訳ないが20ミリシーベルトまでは我慢してくれというのなら分かります。そうではない、東電の会長、社長以下、経産省の官僚も政治家も、だれも責任をとらない。

  

そして、被ばくは子どもたちを含めて我慢させる、というようなことを言っている。とうてい許すべからざること、だと私は思います。

 

 

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 http://www.youtube.com/watch?v=coztlMS6XLE

 

< インタビュー内容 >

一部削ってあります、詳細は上記URLインターネットラジオをお聴きください

 

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今日は「だます側」と「だまされた側」という視点を伏線としながら、原発や福島の子どもたちのことについてお話をお伺いしたと思います。私たちは事故が起きてから「だまされた」と知ったわけですが、国や電力会社はだましてきたわけです。こうした状況で、先生は子どもたちだけは、何とか守りたいと、いろいろなところでお話されています。

 

小出先生

確かに多くの日本人は国家、電力会社、巨大産業、マスコミが一体となった安全宣伝の前に、「だまされた」のだと思います。何となく原子力発電所って安全なんだろうな、めんどくさいし、国に任せとけばいいくらいにたぶん思ってこられてきた方がほとんどだと思います。でも、「だまされた」から無罪だとは思えません。だまされたのなら、だまされた責任をとるべきだ、と私は思います。

 

ですから、日本人の大人はすべからく責任がある。だから、大人は被ばくをあきらめてくれ、と私は思っている。でも、子どもには責任はない。子どもたちに責任を取らせる、押しつけるということは、けっしてしてはいけないことだと思います。そして、さらに悪いことには、子どもたちは放射線の感受性がめちゃくちゃ高いということです。私のように60歳を超えた人間は子どもに比べたら、何百倍も鈍感です。大幅に差があります。赤ん坊にくらべれば千倍と言ってもいいかもしれない。

 

その私のような大人が、原子力の事故をここまで許してしまったわけで、私が責任をとることはいいけど、子どもたちにとらせるということはやってはいけない。ですから、何としても子どもの被ばくを減らすということを、大人の責任でやるべきことだと思っています。今現在も子どもたちを含めて汚染地域に取り残されているわけですが、せめて、子どもたちだけでも避難させることをやりたいと思います。

 

 

高橋

手元に20mSvでもいいんだという、今年の3月に出された経産省の「年間20ミリシーベルトの基準について」があります。これには、チェルノブイリの避難基準は厳しすぎたと書かれています。

 

小出先生

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もともと日本では年間で1ミリシーベルトを超えてはいけないという法律があります。どうしてこれができたかというと、被ばくというのはどんなものでも危険だ、だから被ばくに関しては国家が法律で規制するしかないということでした。1ミリシーベルトにしても安全ではないけれども、日本という国に住むのであればこれくらいのことは我慢するしかないということでした。それも、大人から子どもまで別々の基準を作るということはできないから、とにかく1ミリシーベルトということでやってきたわけです。

 

それで事故になった。その途端に20ミリシーベルトでもいいんだ、と言い出した。この20ミリシーベルトは、事故が起きる前の「私の基準」です。つまり、放射線業務従事者という非常に特殊な仕事に従事して、その仕事ゆえに給料をもらっている人間に対する基準です。他の仕事と同じようにその仕事による労働災害、つまり被ばくする仕事であれば何とか我慢できるはずだというものです。このように私のような者の基準を持ち出して、子どもたちに同じでいいと彼らが言い出している。

 

彼らの言い分は、これまでは平常時だったが、今は緊急時だからこれまでの法律は適用しなくてもいいという言い分です。でも、それならば緊急時にした責任をまずとってくれと思うわけです。事故は起きないと言ってきた彼らが間違いで、事故で膨大な放射能を撒き散らした。彼ら自身が決めた法律を守れなくしたわけですから、まずはその責任をきちんと取ってから、次のことを言えと私は思います。

 

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高橋

先生、いま、テーブルをボンと叩いたので、録音しているテープに、お怒りがそのまま入りました。

 

 小出先生

はい、すいません、怒りを、本当に感じます。まずは、これまで日本の国家をいいように動かしてきた人達が、自分たちのやってきたことの間違いの責任を明らかにして、個人責任を含めて、その責任をとる。そのうえで、大変申し訳ないけれども緊急時になってしまった、大変申し訳ないが20ミリシーベルトまでは我慢してくれというのなら分かります。そうではない、東電の会長、社長以下、経産省の官僚も政治家も、だれも責任をとらない。被ばくだけは子どもたちを含めて我慢させるというようなことを言っている。とうてい許すべからずのことだと私は思います。

 

 

 

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