死のシルクロードからの、風 

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〜シリーズ『風と放射能』①

 

過ぎ去りし20世紀、世界中が取り憑(つ)かれたように核実験を行いました。半世紀の間に行われたその数は2379回、その内大気圏内実験は502回でした。

 

1963年、「大気圏内、宇宙および水中」での核実験を中止する条約が米ソ英で調印されましたが、フランスと中国はこれを拒否しました。そして、中国はソ連からの技術供与によって、1960年代初頭に核兵器開発が進められました。

 

1964年10月16日、中国政府は、ウイグルの人々が暮らす居住区近く、シルクロードの要所、ロプノール湖にて、初の核実験を行いました。その後1964年から1996年まで、46回、22メガトンの核爆発実験を非公開に強行し、それは広島核の1375発分に相当します(札幌医科大学教授、高田純理学博士の調査による)。

 

また高田教授によれば、中国の核実験は核防護策もずさんで、被災したウイグル人への医療ケアも施されませんでした。少なくとも19万人以上が急性死亡、129万人以上が深刻な影響を受けたと指摘しています。日本では、石川県保健環境センターの調査(2010年3月)で、黄砂由来のセシウム137が0.46ベクレル/㎡の記録があり、「直接健康に影響を 与える可能性は極めて小さい」とされています。

 

実験場の周辺には、NHKのドキュメンタリーで名を馳せた、シルクロードの敦煌、桜蘭、ウルムチ、トルファンなど、美しい砂漠の町々が、まるで何事もなかったかのように時を刻んでいます。

 

中国政府の公式発表は一切ありません。すべて、放射能は闇の中です。しかし、その灰は今も偏西風に乗り、21世紀の日本に飛来しているのです、20世紀の「闇」が。

 

 

 

No.13017
 
 
 

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環境省:「黄砂の発生源地域」 http://www.env.go.jp/air/dss/kousa_what/kousa_what.html

 

石川県:「金沢市太陽が丘における放射性降下物の年間変動について」

http://www.pref.ishikawa.lg.jp/search/result.html?q=%E9%BB%84%E7%A0%82%E3%80%80%E6%94%BE%E5%B0%84%E8%83%BD&cx=013090918390897489992%3Axcsb1hsaoy4&ie=UTF-8&cof=FORID%3A9&sa.x=0&sa.y=0

 

【参考文献】「核の砂漠とシルクロード観光のリスク」 札幌医科大学 理学博士 高田純著 /(株)医療科学社

 

 

 

 

解説

BBC「死のシルクロード」(Death on the Silk Road)

 中国政府は「核爆弾はシルクロードの町に何ら放射能汚染もたらさず、地元住民には何も害はなかった」としています。

  

20世紀末の1998年、イギリスBBCは観光客をよそおい(2名の医師も同行)、危険と隣り合わせの6週間の調査をなしとげ、機密文書を入手し、これを国外へ持ち出します。作成されたドキュメンタリー「死のシルクロード」(Death on the Silk Road)は、隠蔽された核実験の『闇』に迫り、世界83ヶ国で放送されました。

  

中国の核実験による死の灰は、遠く離れたイギリスでも、もちろん近隣諸国や日本でもすでに検出されていました。ところが、現地の科学者は口を合わせたように、問題がないことを繰り返すばかりでした。やがて、取材班の身を挺(てい)した粘り強い調査は、身も凍るような機密に到達するのです。

  

ある極秘資料は、癌の治療施設の増設を必死に嘆願する内容で、「医療体制は逼迫(ひっぱく)しており一刻の猶予もない」と書かれていました。あるデータでは、実験場付近のシルクロードの町の癌は、他の中国の地域に比べて急激に増加して、1990年までに、中国全土の平均発生率より30%も高くなっていることを示していました。実験地帯付近最大の都市であるウルムチでは、「癌による死亡者数は、2000年には1993年の2倍になる」と予測されていました。

  

現地の医師たちは、統計を得られない、はがゆい状況の中、目の前で起こっていることが、すべて放射線の影響であることを確信して語ります。「若年層の癌が増加している」「見る限り白血病の患者が増えており、治療費が高くて払えないことがわかると、確定診断がついても、多くの患者が病院には来なくなり、家でそのまま死ぬ」と。汚染された土地で食物を育て、そこで流れる水を飲み、その上を流れる空気を吸わなくてはならない。それでも、彼らは「死のシルクロード」で生きなければならないのです。

  

BBC取材班は番組の最後に、こう結んでいます。「"観光旅行"が終われば、私たちはこの地を去ることができても、新疆ウイグルの数百万の人々にはその選択肢がないがない。」

  

この優れた番組は、フリーの映像ジャーナリストに与えられる、世界で最も名誉ある賞「ローリーペック賞」を受賞しました。ところが、日本では放送されていません。その理由もまた、『闇』の中です。

  

死のシルクロード (画像)

http://www.youtube.com/watch?v=2lG9JfUVN5I

http://www.youtube.com/watch?v=EFTbRJOJe_A

http://www.youtube.com/watch?v=tpt5DJDsWdA

 

 

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「これは神様だ」と思い、その場でお祈りをした羊飼い

 シルクロードが舞台の小説に憧れ、またNHKが1980年に取材したドキュメンタリーの浪漫(ロマン)に触発されて、実に27万人の日本人が楼蘭や敦煌を訪れました。シルクロード全体が、かつての核実験場だったという事実を知っている人は、当時は誰もいなかったにちがいありません。1996年まで、その事実は報じられませんでした。そして、私自身が、ほかならぬ、その無防備な旅人の一人でした。1987年、何も知らず憧れの彼の地を訪れました。

  

在英ウイグル人で医師のアニワル・トフティーさんと話した、あるゴビ砂漠で暮らす羊飼いの男性は、太陽をも上回る明るさの光を見て、そのとき彼は直感的に「これは神様だ」と思い、その場でお祈りをしたそうです。彼が見たのは、間違いなく核爆発だったに違いありません。

  

何も知らぬ生活者たちは、「闇」が「闇」であることも知らず、無防備に、その尊い命を危険にさらしているのです。ノーベル平和賞候補のラビア・カーディル女史は、漏洩した中共の機密文書から、現地のウイグル人らが75万人死亡し、被害者たちが医療保障もなく、放置されている、と訴えています。

  

砂漠にふき渡る、あの鳴くような乾いた風の音、果てしない砂の大地、鳴沙山(めいさざん)、底抜けに蒼い空、冷たい天山山脈の雪解け水、たわわに実った葡萄、パオに生活する、黒い髪の毛に蒼い目の人々、そのすべてが、今もよみがえります。

  

かつて栄華を誇り、今は時の砂漠に埋もれた王国。無限の宇宙の中にあるこの地球という惑星の片隅で、莫高窟の壁一面の宗教画が、人類のおろかしい営みの数々を、ただ静かに、悠久の時のまなざしで微笑んでいます。

 

 

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